「36歳で今さら成長かって思いながらやってるんですけど、でもそれが楽しくて」
そう笑いながら語り始めたのは、“もみちゃん”こと森川貴光氏だ。これまで地方カート選手権のシリーズチャンピオンを獲得するほか、全日本カート選手権FP-3部門でも勝利を飾り、現在は車両運動開発エンジニアとして市販車開発に関わる。その傍らN-ONE OWNER'S CUPなどの参加型ワンメイクレースに現在もレースに継続参戦し、モータースポーツの魅力を啓蒙し続けているインフルエンサーでもある。その森川氏が2026年の戦いの舞台に選んだのは、国内屈指のハイレベルなレーシングカートシリーズ「ROTAX MAX Challenge(RMC)瑞浪シリーズ」のMAX Mastersクラスだ。
36歳で、なぜいま改めて本格的なカートレースへ挑むのか。その理由を聞いていくと、森川氏が今シーズンに求めているのは、自分自身の結果だけではないことが見えてきた。
「36歳になりますが、僕がレースに出場する姿を通して、レースへの取り組み方や成績を伸ばす方法をチームメイトや次世代の子たちに一番近い距離で精一杯伝えていきたいと思っています。」
日々の練習走行やレース参戦を通して、自分自身が成長する。その過程を、若いドライバーたちに見せる。そして、感覚や根性だけではなく、データを使い、考え、次の走行へつなげていく。森川氏が見せようとしているのは、レーシングドライバーとしての“仕事の仕方”そのものだった。

36歳で「誰かから教わる」楽しさ
長くモータースポーツに携わり、4輪レースにも挑戦した。それでも、現在はレーシングカートチームKM Techでチームの一員としてレースに取り組む現在の環境には、新たに学ぶことがたくさんある。
「36歳になりますが、いわゆる本格的なレーシングチームに入ってプロフェッショナルな体制で誰かから教わるみたいなものってここ最近からなんです。色々と教わる中で、ここ最近でだいぶ成長はできたかなと思っています。自分自身で今さら成長かって思いながらやってるんですけど(笑)、でもそれが楽しくて。KM Techのチームメイトはもちろん、これから先を目指す若いドライバーたちに対しても、日々のレースに対してどういうアプローチで挑戦すべきか、そして36歳になってもどういう曲線で成長しているかみたいなところを見せたいと思っています。僕自身が成長していくっていう姿を見せないと、様々な方のご協力があって挑戦できている今の僕の使命が達成できないと思っています。」
若手に「こうしなさい」と言うだけではない。自分自身がやって見せる。データを解析し、走行の精度を上げ、フィジカルトレーニングも欠かさない。そしてレースで結果を出す。36歳での挑戦には、そんな意味も込められている。

「こんなチャンスないんで、もうやりますって」
もちろん、その挑戦は決して楽ではない。参戦するROTAX MAX Challenge 瑞浪シリーズのMAX Mastersクラスについて尋ねると、森川氏は率直に言った。
「体もきついし、精神的にもきついし、瑞浪シリーズは2日間で2大会開催されることもあり、(インタビューを実施した)今日はレース翌日なのですが正直もうやっと今日、ご飯がおいしく感じるなって笑」
ようやく食事を楽しめるほど、心身ともに消耗していた。そこには、結果を求められるプレッシャーもある。森川氏は所属チームだけでなく、レーシングギアショップのアウティスタをはじめとする周囲からの支援も受けてレースを続けている。だからこそ、一つひとつのレースに対する責任も感じている。
「日々の仕事もありますので、人生のすべてをかけてやれているわけではないんですけど、サポートやスポンサーもいただいていますし、良い意味でプレッシャーもすごいかけてもらってるので(笑)。参戦前にも「かなりきついけどやる?」と聞かれたのですが、こんなチャンスないんで、やりますって。ずっとレースは自分の中心にあるので挑戦できる環境をいただいたのなら、やっぱり挑戦したいなと思い、RMCの瑞浪シリーズへの挑戦を決断しました。」
36歳だから挑戦するのではない。36歳だから諦めるのでもない。レースが好きで挑戦を通して、未来の才能に得た経験や知識を最前線で伝えたい。だから挑戦する。その感覚は非常にシンプルだ。
「生半可な覚悟じゃやれない。でもこれがレース。」
実際にROTAX MAXの瑞浪シリーズへ飛び込み、森川氏が感じたのは競争の激しさだった。4輪で戦っていたN-ONE OWNER'S CUPなどのエントリーカテゴリーでは、参加者によってレースへの温度感が異なることもあったという。「N-ONE OWNER'S CUPには多い時には80台以上の参加者が集まるのですが、参加すること自体を楽しむ、レースをエンジョイする目的があるドライバーやチームと勝つことに執念を燃やしている方、色々なモータースポーツフリークの方が集まり、僕自身もとても楽しんでレースに参戦させてもらっていました。」
しかしカートレースの世界へ戻ると、RMCの瑞浪シリーズでは景色が違った。
「このクラスのジェントルマンドライバーの皆さんは、レースを楽しむということより皆さん誰にも負けたくないと思っている。ある意味相当血の気が多いし、生半可な覚悟じゃやれないなと覚悟しました。チーム含めて総合力で挑まないと勝つことができない。本当に想像以上でメンタル的にも体力的にも相当キツイです。でもやっぱりこれがレースだなって思いますね。」
スロットルもブレーキも、“感覚”ではなく数字で見る
森川氏の取り組みで興味深いのが、データ解析だ。現在使用しているカートでは、Gセンサーだけではなく、スロットル開度、さらにマスターシリンダーの油圧まで計測しているという。使用しているのはUNIPROのデータロガー。走行後すぐに解析データを見ると、ドライバーがどこで何をしていたのかが数字として現れる。
「僕のカートにはUNIPROのロガーを付けているので、スロットル開度センサーと油圧、マスターシリンダーの油圧が測れるんですよ。本当に走らせ方からすべて結構丸裸にされちゃう。自分で丸裸にしてるんですけどね(笑)データはすぐにパソコンに転送できるので、練習走行のルーティーンとしては、走り終わって飲み物を飲みながらすぐに走り終えたばかりのデータを吸い出して、解析しつつメモを取りながら、次の走行で何をするか、何を改善するかをメカニックと話し合って決めます。データの解析から走行の分析をすることはもちろん、セッティングの方向性を決定する上でも分析の作業は非常に大切な作業になります。」

アクセルをいつ、どの程度開けたのか。ブレーキをどれだけ使ったのか。どこで減速し、どこから旋回へ移ったのか。本人の感覚だけではなく、実際の操作を見ることができる。さらに森川氏はこうしたデータ解析によるスキルアップの大切さを若手ドライバーにも教えている。大切なのはデータそのものではない。森川氏が重視しているのは、そのデータを次の行動へどうつなげるかだ。走行→分析→次の走行で何を試すかを決める。これを繰り返す。つまり森川氏は、一つひとつの走行を独立したものとして考えていない。すべてを次につなげている。
「僕はエンジニアが本職なので、データってこういうふうに見るんだよとかデータの見方、解析の仕方から教えています。データの見方と振り返りの仕方を習得した上で、次は各練習セッションで何を意識して、どういうテーマを持って走るか。データを活用して自分の走りを磨き、タイムを上げるという意識付けは四輪カテゴリーへステップアップした先にも必ず活きます。なので、1セッション1セッションどういうアプローチをして、どういうフィーリングを得たかメカニックに報告することを習慣化することの大切さを若い子たちには教えています。」
走る前に目的を決める。走った後に結果を確認する。そして次の走行で何を変えるのかを決める。森川氏にとって、データ解析はそのサイクルの一部だ。レースは、ただ走ればいいものではない。タイヤ代が掛かる。燃料代が掛かる。チームスタッフも動いている。中には、スポンサーや支援者からサポートを受けているドライバーもいる。だからこそ、1セッション1セッションの走行に意味を持たせる必要がある。何を試すのか。結果はどうだったのか。何が良くて、何が悪かったのか。次に何をするのか。その説明ができることまで含めて、レーシングドライバーの仕事だという考えだ。

「一生懸命やってるのに、結果が出なくて自信をなくしてしまう」
カートの現場へ戻り、森川氏が改めて気になったことがある。若いドライバーたちのレースへの取り組み姿勢だ。森川氏は若手ドライバーの努力を否定しているわけではない。むしろ問題なのは、一生懸命だからこそ苦しんでしまうことだという。
「今の若い子たちは、本当に一生懸命、気合と根性でがむしゃらに頑張っています。でも、アプローチの仕方が分からないまま結果が出ず、自信をなくしてレースを辞めてしまう子もいます。それは未来あるレース業界にとっても本当に寂しいことです。彼らに足りないのは努力ではなく、努力する『方向』が分からないだけ。だからこそ、君には才能があるよと認め、正しい『考え方』を伝えてあげられる大人が今のカート界には必要なのかなと感じています」
「気合と根性だけでモータースポーツは通用しない」
取材後半、森川氏の言葉はさらに踏み込んだ。本業で車両運動に携わるエンジニアとして、若いドライバーにもっと知識を身につけてほしいという思いがある。
「車両運動のエンジニア業を活かしてカートの世界でもエンジニアリングの部分は、本当にやりたいと思っています。今カートに取り組んでいる若い子たちの大半が車両運動に対する理解が少ないと正直感じます。根本的な部分で言いますと、どうやって車って曲がってるのかすら知らない子が多いなという印象です。昔からカート界には気合と根性だけでモータースポーツはやれると思っている子が多くて・・でもフォーミュラにステップアップしたら、車両運動や車の構造、メカニカル的なことを理解していないのは大きなディスアドバンテージになるし、エンジニアと会話できる知識と語彙力がドライバー側にないときっと上に上がれないんですよ」
ドライバーは、ドライビングだけを磨けばいいわけではない。自分が乗っている車両で何が起きているのか。セッティングを変えると、なぜ挙動が変わるのか。それを理解し、自分の言葉でメカニックやエンジニアへ伝える必要がある。

「なぜクルマが曲がるのか」を伝えたい
森川氏がやりたいのは、難解な専門講座ではない。
「初めは本当に教科書に書いてあるレベルでいいんです。たとえば、なぜクルマは曲がるのか。タイヤはどうやってグリップを生んでいるのか。ステアリングジオメトリーとは何か。そういう、なぜ車が曲がるのかとか、教科書に載ってるタイヤの特性ってどういうものかとか、そういうものを教えることも今後はやっていきたいと思っています。」
実際、若いドライバーにマシンを触りながら説明することもあるという。
「例えば、『アッカーマンって何ですか』と聞かれたことがあって、アッカーマンはっていう話を実際のマシンを触りながら説明したりしました。たくさんのドライバーがいる中、こうして車の構造やエンジニアリングに興味がある子も居るんだなって。車両エンジニアの立場としても本当に嬉しい瞬間でした。」
全員が必要としているわけではないかもしれない。しかし、本気で上を目指している若者には、こうした知識が武器になる。森川氏は、自分が持つ知識をそうしたドライバーに渡したいと考えている。
「プロである必要はない。でも、プロ意識を持て」
森川氏が若手に伝えたいのは、技術だけではない。レースへの向き合い方。スポンサーとの関係。レーサーとしての情報発信。人としての振る舞い。それらすべてを含めている。森川氏自身も、レースだけで生計を立てているわけではない。だが、アウティスタをはじめとした支援者からサポートを受け、レースを続けている。だからこそ、意識は変わる。
「後輩やジュニアドライバーからアドバイスを求められるとよく話すのですが、プロ意識を持つことが大切だよとよく言うんですよね。僕も職業がレーサーではないのですが、支援いただいてレースをやってる以上、プロ意識を持って行動するようには心掛けています。」
まして、これからモータースポーツを人生の中心にしようとしている若いドライバーなら、なおさらだ。森川氏は、速さ以外の部分にもプロへ進むドライバーの違いが現れると感じている。
「レースをこれから人生の中心にするためにやってるのにプロ意識を持っていないというのはちょっと違うよと。速さだけではなく、振る舞いや自分のアピールの仕方だったり。そういったところも全部含めて大切だよと伝えています。」

実際にプロへ進んだドライバーたちを見ても、幼い頃から他の選手とは違う“何か”を持っていたという。
「やっぱりプロになる人は、人と違うアピールの仕方だったり、プロとしての意識の持ち方とかを幼少期から意識して行動していますよね。昔から野尻智紀選手とは親しくさせてもらっていますが、当時から彼は必ずプロになるだろうなと確信していました。今年FIA-F3選手権に参戦している加藤大翔選手も同様ですが、当時からプロに行くだろうなと感じていたドライバーたちは、意識や言動・行動にプロ意識を感じたし、努力も人一倍していた。今もカート競技に関わる身として、若い選手にはプロになるために必要なことなどを積極的に伝えていきたいと思います。」
“もみちゃん”は「笑っていないとダメ」
そんな真剣な森川氏には、ひとつの葛藤もある。“もみちゃん”として見せてきた、明るくエンターテインメント性のある姿だ。
「僕ってエンターテインメント系な発信の仕方がメインにはなってくるので、どうしても真剣にレースをやってはいけないみたいな感じなんでしょうかね(笑)。でもめちゃくちゃ真剣に、必死にやってるんですよ(笑)。でも、僕も人間なので結果が悪ければ、当然悔しいし落ち込むし、笑えないこともあります。実際、あるレースの土曜日は思うような成績を残せず、表情も曇っていたようです。すると周りの方からは、『もみちゃんは笑ってないとダメだよ。』と。そしてチームの方からも「どんな時でも笑顔を大事にしなさい」と言われました。そこで翌日曜日の朝、鏡の前で笑顔の練習をしてから行ったんです(笑)」
結果も目標に届き、笑顔で一日を終えられた。ただ、真剣に勝負しているからこそ、笑顔を作ることが難しい瞬間もある。レーシングドライバー森川貴光と、“もみちゃん”。その両方が同時に存在している。

36歳。完成形ではなく「成長する姿」を見せる
若手にデータ解析を教える。車両運動を教える。プロ意識を持てと伝える。そこだけを切り取れば、森川氏は“教える側”に見える。しかし本人は、まだ自分を完成した存在だとは考えていない。むしろ、自分自身が成長していくことを最も大切にしている。自分も走る。失敗する。考える。データを見る。次を試す。そして、少しずつ速くなる。その姿を若者に見せる。
森川氏が若いドライバーへ渡そうとしているのは、“正解”だけではない。正解にたどり着くための考え方なのだろう。
「今さら成長かって思いながらやってるんですけど、でもそれが楽しくて」
36歳。激戦区であるROTAX MAX SERIESに挑み、周囲の支援を受けながら“もみちゃん”こと森川貴光氏は、まだ速くなろうとしている。そして、その過程を次の世代へ見せようとしている。


