遡ること2022年。レース業界、とりわけカート業界にビッグニュースが舞い込んだ。全日本カート選手権に電気(EV)を動力したEV部門のレースが誕生したのだ。環境に配慮した取り組みとして静音性を生かした市街地コースでの全日本カート選手権開催を視野に2023年には電動レーシングカートの走行施設「シティサーキット東京ベイ」が誕生。そして2024年には都市型カートレースとしてついにシティサーキット東京ベイで全日本カート選手権 EV部門が開催された。その全日本カート選手権 EV部門の運営及びシティサーキットを手掛けるのがレース活動やトヨタ車向けのチューニングパーツ、コンプリートカーの開発・販売を行なうトムス(TOM'S)だ。この度、RACING-DRIVER.JPではトムス代表取締役社長そしてトムスカートクラブ会長である谷本 勲氏に、日本のモータースポーツ界が抱える課題やその解決に向けたトムスの取り組みについてインタビューを行なった。
—トップカテゴリーから見た“未来への危機感”
トムスといえば、国内最高峰のレースカテゴリーに参戦する名門レーシングチーム。そのトップの谷本氏が冒頭語ったのは意外にもモータースポーツ全体の将来への「危機感」だった。「モータースポーツに関心を持っていただく方と競技に参画する方を増やすためにトムスはカート業界に参入しているがやはり将来に対する懸念がある。サーキット場に足を運んでいただけるファンの方が何十万人と居るものの年齢が固定化し、統計データを見ても新しい層が入ってきていない。モータースポーツ全体を見た時に裾野を広げていくことが重要だと思っており、間口を広げるという意味で大きな可能性があると思ったのがカートというカテゴリー。モータースポーツはカートでも四輪でも体験・競技に参加するにはこれまで郊外に行くしかなく障壁が高かったので、まずはそこのハードルを下げることでどれだけ多くの方に関心を持っていただけるかに着目し、純粋にモータースポーツに興味を持ってくれる人の裾野を広げたいという思いでシティサーキットをオープンしました。オープンして約1年半、月を追うごとに来場いただける方も増えている一方、所謂、都市型と呼ばれる我々が手掛けるサーキットは現状ここシティサーキットのみであり、これを全国にどう広げるかが課題です」と語った。
—モータースポーツの「間口」を広げる都市型EVカート
谷本勲氏(以下 谷本氏):カートに初めて乗られた方は皆さん口を揃えて楽しい!と言ってくださり、特に子ども達は初めてカートに乗った時に「楽しい!!」と言ってのめり込んでくれる。我々がカートに参入し初めはキッズカートの出張イベントから始めたが親にもう1回乗りたいとおねだりするぐらいカートって楽しいものと思ってもらえる光景がそこにはあった。そんな感動体験を提供できるのになぜカートの競技人口や人気が低迷してしまったのかを検証するところから始める必要があると感じた。その原因の一つとして手軽さ・気軽さがない。カートに乗りに行くのに1時間、2時間移動しなければならないし、移動した先がカート好きな方が多く集まっている環境の為、女性や初心者の子どもにとって決して入口としては優しくない環境だなと感じた。逆の発想で都市型で女性や子どもが来やすい環境を仮に提案できたとしたら、我々が思っているようなモータースポーツの楽しさを見出してもらえるのじゃないかと思った。
ただこれまではエンジンの音と排気の問題があるので郊外にしかサーキットが作れなかった。都市型のサーキット場を作るにはエンジンカートだと難しいし、騒音が大きな問題になってしまう。そこでEVを動力としたカートの開発と今まで実現できなかった都市型のカートコースを作ろうと考えました。
—都市型サーキットでの「アスリートの戦い」=全日本カート選手権EV部門の開催
2022年に設立された全日本カート選手権EV部門。24年からはシティサーキット東京ベイでの開催が始まったが改めてレースで注目すべきポイントやレース開催の狙いについて伺うと「カートを活用したモータースポーツとして全日本クラスになるとこんなに速い速度、そして瞬時の判断でのドライビングを競い合ってるレースであることをキチンと関係者だけでなく一般の方にも認知していただき、普及をしていきたいと思っている。どれだけ都市部でアスリートな戦いをしているのか競争の場を作らない限り認知も広がらないと感じている。だからこそ全日本カート選手権のEV部門もやるなら都市型にこだわる必要があった。実際にシティサーキットで全日本選手カート選手権を行なうと全く全日本カート選手権やそもそもカートのことをご存知でない方、レースそのものをご存知でない方にも大変多く観戦いただくことができ、何より皆さんその迫力に大変驚いていただける。マシンの車速の速さはもちろん狭いコースでもオーバーテイクがある、迫力のあるバトルに皆さん釘付けになり関心も持っていただけている。都市型でやる頂点の戦い=アスリートの戦いであるということをこれらも大切にアピールしていきたい。」と語る。
—未来のモータースポーツ界を担う才能の育成
谷本氏:全日本カート選手権で活躍している若手ドライバーは殆どと言って良いほど皆、四輪カテゴリーへのステップアップを目指している。我々としても四輪の登竜門としての役割を示さないことにはドライバーにとって目指す場所にはならない。その為にも今年は成績優秀者に対して翌年度のFIA-F4選手権へのスカラシップ制度を設けた。さらに我々としてはレース参戦に必要なコストの部分にも着目し、基本的にEV部門にはエントリーフィーだけで出場できるようにしている。例えば活動費の上限等でこの1年間なら何とか活動できるけどというドライバーや親御さん、全日本選手権レベルになると中々資金的に参戦が困難となるご家庭があるのも事実。そのように才能があるのに家庭環境の都合などでレース活動が継続できなくなることがないよう救いの手を差し伸べ、費用面での挫折がないようにしたいと思っている。
全日本カート選手権 EV部門のレースの模様 写真提供 TOM'S カートクラブ
—全日本カート選手権EV部門を通したドライバーのスキルアップについて
谷本氏:EVカートはかなり四輪にマシンの挙動が似ている為、四輪でも通用するドライビングスキルを学べる場でもあると考えている。またイコールコンディションの追求の為、毎戦エンジン・マシンをシャッフルしている。またドライバーの育成・スキル向上という観点では、レース終了後のブリーフィングで現役トップドライバーを招き講義の機会を今後は設ける予定。具体的には四輪カテゴリーで活躍する為の心構えやカートで覚えておいた方が良い車両の構造に関する知識や四輪へのステップアップを目指す上で今の時期から知っておいた方が良いことを学べる機会を創出する。レースを通してドライビング技術を磨く、学べるのはもちろんのこと、その他にもファンが出来た時のファンサービスをどういう心構えで行なうべきか、そういったことを学べる講義の時間をたっぷりと設ける予定です。
—全日本カート選手権EV部門出場ドライバーに四輪へのステップアップにおいて求めること
谷本氏:現代のトップカテゴリーでは感覚重視のタイプのドライバーは、上位で争うことは難しい。ドライバー自体がマシンのセットアップができ、タイムが出ない時には何が問題なのかを敏感に感じ取れることが重要。単純にアンダーステア・オーバーステアだと事象を伝えるだけではなく、トップドライバーのフィードバックは、アンダーだけど今路面温度がタイヤとマッチしていないからアンダーが出ているだけと状況をよりメカニカルに分析することができる。マシンのセットアップとして何を触ればどう車の挙動が変わるかエンジニアの領域まで車の構造を含め、理解しているドライバーの方が圧倒的に良い車を作れるしトップで活躍できる。特に全車共通車両で行われるスーパーフォーミュラなどにおいてはドライバーからの繊細なフィードバックを含めたマシンのセッティング能力の高さがとても大切。四輪カテゴリーの上位のドライバーはエンジニアとほぼ対等に会話することができる。走るのが専門だからとマシンのことはエンジニアが考えるものと思ってしまっているドライバーはやはり苦戦をする傾向にある。このような考え方をやはり我々としてはカートの時からドライバーに伝えたいと思っている。例えば、直近ではスーパーフォーミュラライツ選手権に参戦し、全日本カート選手権EV部門出身のドライバーの佐野雄城選手はロジカルに物事を考えられるタイプのドライバー。カートから四輪に上がる時に必要な知識、覚えた方が良いこと、エンジニアと対等に会話をする為に必要なことなどを15歳の時から主体的に学び活躍している。我々としてもステップアップした先に必要な要素など学べる機会を作っていきたいと思っている。
—全日本カート選手権EV部門の今後の展望について
谷本氏:競技の面では今後台数を増やすことも検討したいがレースの開催場所を増やしていきたいと思っている。EVという特性を活かすと公道レースもやり易いし実現は可能と考えている。近い将来では全日本カート選手権を公道で実施するなど全日本選手権、そしてカートレースをもっと多くの人に見ていただく機会を積極的に創出していきたい。フォーミュラE東京大会の効果もあり、公道レースが身近な存在になりつつあるので、エキシビジョンではなく選手権大会の公道での実施の可能性についても検討している。
—全日本カート選手権EV部門の更なる認知拡大に向けての取り組み
谷本氏:レースが行なわれる時間以外は一般の方がレンタルカートで走行できる時間を設けたり、親子でタンデム走行ができる、キッズカートの体験ができるなど大きなイベントの中でのコンテンツの充実を考えている。好きなだけカートで遊ぶことができるキッズライドフェスイベントを今年の2月から開始し、1日で700人近くご来場いただいており、このようなイベントを併催することで“見る”と“体験”をキーワードに多くの方に来場いただきたいと思っている。
またSUPER FORMULAやSUPER GTのファンの方でもカートのレースをご覧になったことがない方も多くいらっしゃる。その為、トップカテゴリーのモータースポーツファン層の方にパブリックビューイングでお越しいただく傍ら全日本カート選手権も観戦していただく機会も検討している。
また、地方の公道を封鎖したお祭りにおいてキッズカートのイベントを実施して欲しいといった声などもいただいている。このような既に人が集まるイベントの中でアクティビティとしてカートに乗る・見る楽しみも提供していきたいと思っています。
全日本カート選手権 EV部門に出場するドライバー 写真提供 TOM'S カートクラブ
後編では”子どもの習い事としてのカート”の可能性や今後のEVを主体としたモータースポーツの認知拡大策や展望などをお伝えします!近日公開!お楽しみに
全日本カート選手権EV部門 オフィシャルサイト
https://kart-ev-div.city-kart.jp/
シティサーキット東京ベイ オフィシャルサイト
https://city-circuit.com/